M360

広告業界の片隅で働く映像・Webプロデューサー/ディレクターのブログ。

引越しの理由

「なんで千葉に引越したの?」

元同僚や学生時代の友人に会うと、よく聞かれるので、一応ブログにその理由を書いておきたいと思う。

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理由は簡単、駅近の戸建てで通勤1時間。緑が豊富だけど、急な坂道がない等の条件で吟味したら今の自宅になった。前の自宅だと通勤1時間以内で都心から近かったものの、駅から遠くて坂道も急で何かと不便だったのである。

  

駅近だと都内は勿論、住み慣れた神奈川ですら戸建ての物件そのものが出てない。出ていたとしても、残念ながら高くて手が出ない。すると千葉か埼玉という選択肢しかなくなるが、結局のところ千葉で落ち着いた。

 

千葉は大学時代の友人が住んでいたり、ららぽーとIKEAにも買い物に来ていたので、土地勘があったというのが理由である。一方、私だけでなく嫁も実家が神奈川なので、子育ての面でデメリットもあったのだが。。

  

それにしても家のことは別として、“引越し”が多く、一匹オオカミ的な私ごときに、よく嫁もついてきてくれているものだ。もちろん、真面目に誠実に仕事をしてきていることを分かっているし、浮気もしないということもあるのではあるが。

 

「嫁さんに感謝しろよ」
と前職の先輩にもつい先日言われたばかりだが、その心をもって嫁や家族を支えていきたいものである。

色眼鏡で見るな(自分も含む)

眼つながりで、今度は考え方の面で“色眼鏡”について書いて見たい。

 

今まで色んな会社、そして色んな人と仕事をしてきて思っていることがある。それは、色眼鏡をかけている人が非常に多いということである。

 

例えば、以下のような色眼鏡だ。

・デジタルをやっていたから映像は…
・映像の人はデジタルに関しては…
・誰々が〇〇と言ってたから…
・テレビ業界と広告業界は違う…
・WEB映像やっててもCMは…
などである。

 

しかし、もちろん色眼鏡でものを見ない人もいる。私がAOIに所属していた時の、直接の上長であるプロデューサーだった瀬戸さんがそういう方だった。

瀬戸さんはとにかく業界の垣根関係なく、新しい才能を発掘することにも長けていたと思う。

 

実際、地方の印刷業者で働いていた無名のデザイナーを東京に呼び寄せ、auLISMOのフラッシュサイトに抜擢して成功させている。

そしてそのサイトは、まだ私がテレビ業界にいた頃、YAHOOバナーをクリックして知ったのだが、「このアニメーションスゲー。一体誰が作ったのか!」と思ったものである。

この時はもちろん、後の上長になるプロデューサーが出がけているとは知る由もなかった。

※そのデザイナーはスペースシャワーTVのイベント、SWEET LOVE SHOWERのキービジュアルも後に手がけている。

 

そして、瀬戸さんはテレビ業界でディレクターをやっていた私にも映像のディレクションの仕事を任せてくれた。

お金の勉強もしたいと思い、プロデュース部に入ったため、当時の私は演出部でなく、制作部のPMだったにもかかわらずである。

勿論、テレビ番組時代のディレクター作品を見せたり、頼まれたガリガリ君のメイキング映像の編集を瀬戸さんが思っていた以上のものに仕上げたから、広告系の映像でもいけると任せてくれたのであろう。

 

瀬戸さんのような「本質を見る眼」は、経験や色んなものを見てきたからこそ培えるものである。勿論、それだけでは得られないセンスも大切だ。

 

しかし、広告業界に入って最初に私にディレクターを任せてくれた瀬戸さんは、その作品の納品が終わった後、バイクによる事故で亡くなってしまった。。

私が担当していた案件とは違う作品での、ポスプロでの作業の後の事故だった。

瀬戸さんの席は私の隣だった。横の席にいたはずの上長であり恩人が突然いなくなってしまった喪失感は言葉で言いあらわせるようなものではない。

 

それから、色んな人と仕事をしてきているが、瀬戸さんほど“垣根”を超えて抜擢する人に、未だ出会っていないと思う。

※その業界の生え抜きの新人を抜擢する話はよくある話なので、ここでは除外する。

 

仕事、作品作りにおいて、専門性が大事であると言うことは勿論重々承知している。

しかし、その専門性を重んじるあまり、様々な可能性を潰していることが、非常に多いと言う事実もあると思う。

 

瀬戸さんが亡くなって10年という歳月が経ち、私は今広告業界でディレクターとして仕事をすることもあれば、プロデューサーとして仕事をすることもある。

 

ディレクターとして仕事をする際は自分らしさを出しながら作るしかないのだが、プロデューサーとして仕事をする時は、色眼鏡を外し新しい化学反応を創り出すことも心がけたいと思っている。

 

夜中に文章書くのが疲れてきたため、尻切れとんぼ的な形になってしまったが。。

眼と環境

前回のブログで眼について書いたので、眼に関するお話をもう一つ。

 

家族に関する話なので、職場はもちろん、友人にもあまり話していないのであるが、私の父の弟・叔父は眼に障害を持っている。

まだ幼い頃、高熱で眼をやられてしまい、視力が極度に低いのである。一見するだけで障害者であることは認識できるであろう。

そのような障害を負ってしまったため、父方の祖父や祖母は、叔父の教育に力を入れた。

家も貧しかったため、父は高卒で働きに出ざるを得なかったが、弟は大学まで卒業している。

もちろん父親は大学に行けないことは分かっていたから、工業高校で真面目に勉強に取り組み、卒業と同時に大手ゼネコンに就職した。

そして高校を卒業して家を出ているので、一般的な長男とは異なり、実家を弟が継いでいる。

 

そのような環境で育ったものだから、私が幼い頃、父親はとんでもなく厳しかった。

学校や塾などの勉強への厳しさの話は生々しくなるので書かないが、日テレの24時間テレビNHKの戦争特番を観ながら、「よく見とけ!お前らは恵まれてるんだ!」とよく怒鳴られたものである。

そして、叔父の妻である叔母も足に障害を抱えているのであるが、私が幼い頃、それを障害と知らずに真似をして、ぶん殴られたものだ。まあ、当然である。

 

私もそのような環境で私も育ったものだから、直接的な理由でないにしろ、大学卒業してドキュメンタリー番組を作りたいと思ったのは、至極自然な流れのように思える。
※番組系の会社は結局合わなかったから、私はいま広告業界いるのであるが。

 

ちなみに、家族などに‘障害者’を抱えていない人は、彼らを特別な眼で見ている人も多いように思う。

確かにハンディはあるのであるが、私にとって叔父は普通の叔父である。むしろ、父親とは真逆でメチャクチャ優しいので従兄弟がとても羨ましかったものだ。

 

前回の眼のブログをキッカケに、このようなことを書いたのであるが、結論を用意して書きはじめたのではない。

しかし、強引に一つ結論を出してみる。

 

ここで言えることは「人は環境で作られる」ということであろうか。
人格は勿論であるが、ビジネススキルもそうである。

 

多くの愛情を受けて育てば、心も豊かになり、多くの愛情を注げる人になれる。逆に愛情を受けているとしっかり感じられないと、人への正しい愛情の注ぎ方が分からなくなる。

ビジネスでも、環境が良く、自分に意思があればスキルはどんどんあげられる。しかし、悪い環境だと、中々それもままならない。

 

よい環境を手に入れること。それが一番、良きサイクルに入るために必要なことであろうか。そして、その環境を手にするためには、自分の努力が一番大切なことである。

 

まだ人生半ばの私が、悟ったようなことを語れる立場でないかもしれないが。

目がイテ〜

タイトルの通り目が痛い。左目の角膜を傷つけてしまった。。

 

私は普段、2週間のコンタクトレンズをしている。しかし、面倒だから毎日外さず、つけっぱなしで寝てしまうことも多い。というか、ほぼ2週間つけっぱなしにしていることが殆どだ。。

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悪癖と分かっているのだが、ド近眼のため、外すとのび太くんのように回りが見えなくなってしまう。それが嫌なのでコンタクトをつけたまま寝てしまうのだ。

 

乾燥しやすい秋や冬は、角膜を傷つけることが多い。そういう時だけメガネに切り替えて、今まで病院に行かずに乗り切っていた。

 

しかし、今回は朝起きた時、今までにない痛さ。。中々目が開けれられず、少し心配になったので久々に眼科に行った。幸いにも重たい症状ではなく、いつもと同じ軽度のものだった。

どうやら目の細菌の種類によって痛みにも違いが出てくるらしい。

 

仕事柄目はとても大事。仕事柄関係なしでも目は大事。週明けにも撮影があるので、それまでには何とか直さないと。

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普段の生活も、そろそろ見直さないといかんな。。

議論の結論

前回のブログで「ギリギリセーフの男か、嵐を呼ぶ男か?」というブログでの一人議論があった。

 

結論から言うと「嵐を呼ぶが、ギリギリセーフの男」ということにしたい。

 

今回の撮影は晴れてないと撮影が出来ないが、土日は雨。しかもまさかの超大型の台風であった。本来では撮影出来ず延期などになるところである。実際のところ土曜日の撮影は中止となった。

 

しかし土曜日の深い時間、ギリギリのタイミングで撮影場所の移動が決まり、日曜日に土曜日の分を含めて撮影することができたのである。

そんな中で、撮れないものもあった一方、「こればかりは我々の力ではどうしようもない理想的なこと」が起こり、無事撮影を終えることができた。結果としてプラマイゼロになった形である。

 

台風は時に災害をもたらすが、大地に恵みをもたらすこともある。それと同じように、嵐が来たからこそ得られるものもあることを、改めて証明させて頂いた(と思う。)勿論、あらゆる関係者たちの事前準備などの努力があったことは、言うまでもない。

 

「嵐を呼ぶが、ギリギリセーフの男」

 

このレッテルを私は自ら貼ってしまったことになるが、それをとてもポジティブに捉えていきたいと思っている。

 

※ちなみに、全部が全部嵐を呼ぶわけではないのでご安心を。

ギリギリ男か、それともー

今週の土日は雨の確率が高いそうだ。しかも、季節外れの台風である。晴れでないと延期などになってしまう肝心な撮影の時に雨。そしてまさかの台風とは。。

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私は今まで「撮影日に雨が降るかも」という時も、ギリギリで晴れたことが多かった。だから自分では「ギリギリセーフの男」と思っていた。しかし、今回はそうはいかないかもしれない。。

 

そして私は台風と、とても縁があるようだ。。昨年の香港ロケの時も、撮影は問題なかったものの、撮影後にハリケーンが来て、あわや帰れないという状況になったものである。

 

「ギリギリセーフの男」か「嵐を呼ぶ男」か?今度の土日でどちらかが判明することになるだろう。

後者になった場合、工藤静香の「嵐の素顔」をカラオケで歌ってやろうではないか。

 

って思いながら昔のアイドルの音楽をyoutubeで色々聴いていたのだが、その中でも好きだった曲をエンベッド。パーソンズはアイドルではないけど。

ちなみに私はアイドルオタクではない。。

ノスタルジ~ww

大阪ロケハン

今週はロケハンで大阪に行ってきた。前職の先輩から頂いた案件である。

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そのロケハンついでに会社の大阪オフィスを初めて訪問したのだが、こちらのオフィスは代理店に近くてとても羨ましい。※ページ上の写真は大阪オフィス付近。

 

大阪といえば、母がたの従兄弟が住んでいたこともあり、全く縁もゆかりもない土地という訳ではない。幼い頃、兄と私で大阪の従兄弟の家に遊びに行ったりもしていたものである。

しかし、既にその従兄弟は母の故郷である都城に戻っているので、大人になってからは取材や撮影の仕事で2〜3回程来たぐらいである。

今回は10年以上ぶりの訪問だったが、昔と比べて外国人がかなり増えた印象だ。

今回のロケハン案件はそんな外国人が沢山集う大会でもある。あと一週間ほどなので、しっかりと準備して本番にのぞみたい。

 

今週はそれ以外にも、オフライン、大阪から東京に帰ってすぐに他案件の撮影、新規案件のヒアリングなどなど、かなりバタバタしていた。

急に寒くなったが、体調管理をしっかりしながら頑張っていきたいと思う。

お味噌汁の位置

外食の際、お味噌汁などの汁物がご飯の左側に出てくる時がある。そんな時、私は毎度心の中で呟くのだ。


「お味噌汁はご飯の右側だろ!」


これは日本人であれば、誰もが知っているべき一般常識である。しかし、お店に行くと、逆に出てくる頻度がかなり高いという事実がある。

毎度私は心の中でクレームを放ちつつ、無言でお味噌汁の位置を逆にしてから食事を頂くのである。

 

このような頻度が高いと言うことは、本来であれば一般人以上に知識がないといけない飲食店店員が食に関する常識を持ち合わせていない、つまり、プロではないということが言える。

もしくは、お客の側から物事を見ることができない人たちが多いと言うことだ。これもプロではない事の証明と言えるだろう。

 

そんなことを考えると私は少し嘆かわしい気持ちにもなるのだ。
そして、「お前は日本人だろ!」と、彼ら大人たちを、子供を叱りつけるように説教したい気持ちになる。

 

日本の人口が縮小し、外国人労働者を受け入れなければならないと叫ばれる今のご時世。これから外国人が増えてきたら、一体日本人の心や常識はどうなっていってしまうのか?

 

たかがお味噌汁の位置ではあるが、そんなことを考えさせられてしまうことでもある。

 

そこで私は一句詠んでみたい。

「日本人 常識次第で 外国人」

 

たいして良い句ではないと断言できるが、日本人の心や常識は忘れたらいけない。

 

大人の対応とは?

最近、新卒採用時のことを思い出す出来事があった。今更ながらではあるが、人と人との繋がりや偶然に驚かされる。

 

こういう人の下で働きたいと思った方とお会い出来る仕事ではあった。

 

しかし、諸々のことを鑑みて控えることを早めに決めた。時に私は空気になることで、物事をうまく進めていく必要があるのだ。

 

昔と比べれば、私も少しは大人になったのだろうか。大人というより、オッサンと言うべき歳に突入しているが。

 

新卒の時うまくいっていたら、一体どうなっていたのだろう。やりたかった事にたどり着けていただろうか?

 

しかし、人生にもしもはない。

 

少なくとも今食えているということは、やりたかったこと以外で世の中からのニーズがあったということだとは思う。

 

私の歳になると個人的にやりたい事以上に、世の中からのニーズに合わせる事の方が大事だ。何故なら私個人が食べいくこと以上に、食べさせていく事の方が重要だからである。

 

そんなことを改めて考えた一週間であった。

木更津で新鮮な海産物を食す

新鮮な海産物を食べに木更津の「活き活き亭」に行ってきた。久々のちょっとした遠出である。

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このお店は名前の通り活きのいい海産物を、店内で炭火で楽しめるというお店である。

※詳しくはぐるなびを参照。https://s.tabelog.com/chiba/A1206/A120602/12000900/

 

前回の投稿では、食べ物の趣向があまりにも子供の頃からの変化のなさが出過ぎていた。

そこで今回は、オッサンになって、子供の時や若い時は敬遠していた海産物も好きになったということをさり気なくアピールしておきたい。

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いや〜それにしても美味かった。

味が濃くてしっかりしてるので醤油なんていらない。やっぱり食は新鮮なものが1番である。

さて、0時を過ぎたが、これから仕事しよ。

 

私のランキング Part.1

最近、少しブログをサボりがちだが、書きたいことがあっても仕事上、書くに書けない事が多いというのが正解である。

そこで今回は、仕事とは全く関係ない、「私のトップ3」でいってみる。ハッキリ言って、どうでもいい内容が殆どだが。。

 

では早速、

■好きな食べ物ランキング !

1位 ハンバーグ

2位 唐揚げ

3位 カレー

…思いつくママ書いたのだが、小学校の時と全く変わっていないことに驚く。つまらん。

 

■好きな飲み物ランキング

1位 コーヒー

2位 コーラ

3位 グレープジュース

…食べ物と同じで、小学校の時と全く変わらない。。

40歳過ぎたおっさんであるならば、ビールや焼酎、日本酒やワインなどと書きたいものであるが、書けない自分が残念だ。

 これでも一応、学生の時はバーでアルバイトをしていたのである。店では全く苦い思い出はないのだが、仲間うちとかで飲みにいくと強くないのに飲み過ぎて、様々な失敗を繰り返した。。

それが原因で、「酒を飲んではいけない」という潜在意識が働き、私を酒から遠ざけるのだ。

どんな失敗をしたのかは、勿論秘密である。私のトラウマのひとつだからだ。

一方で、行きつけのお店を地元で見つけたいと思うのだが、「早く家に帰りたい」という気持ちが強く働き、なかなか行動に移せない。薄給であることも、足が遠のく一因だ。

 

■好きな服飾ブランドランキング

1位 グローバルワーク

2位 タケオ キクチ

3位 ユニクロ

気づく人もいるかと思うが、すべてイオンなどのショッピングモールに入っているブランドである。しかも高くはないブランドに限る。※ユニクロをブランドというのもアレであるが。

しかも、最近ではモールに入っていて、ちょっと気に入れば何でもいいやというコダワリのなさである。

これでも大学生の時や若い時は、裏原宿や表参道、代官山あたりをウロウロしながら、色んなショップで服などを買っていたものだ。

バイトで稼いだ金はほとんど、服と音楽に消えていったといっても過言でもない。

しかし、社会人となり1人暮らしを始めてからは、食っていくだけで精一杯。服やブランドに対する興味も、全て無くなった。

そして、今はハイブランドで固めることを、ダサいと思う自分もいる。だってデザイン性をみても、ハイブランドである必要性がある服って、実はあまり多くはないからである。

 

■好きな女の子のタイプ ランキング

1位 指原莉乃

2位 綾瀬はるか

3位 吉高由里子

1位の指原莉乃であるが、何故自分でブスといっているのか分からない。全然可愛いと思っている。しかも、一緒にいたら、自分は喋らなくても良さそうでラクそうだ。

綾瀬はるかは清楚で優しそうだけど、「実はエロい」というようなオーラがある所が実にいい。

吉高由里子は綺麗だけど少し影がある所に惹かれる。

3人を並べて分かる事は、好きな女性に一貫性がまるでないことだ。でもそんなもんだよね。

 

たわいの無い事ばかりで恐縮だが、今日の所はこんな所で。

経営者が語る事実と嘘

「給料の3倍の利益を稼がないと赤字社員。」

経営者が流布したこの言葉は事実か?答えは事実であり嘘である。

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私は昔から独立したらどうなるかというシュミレーションをする。知人の経営者、公的機関などからも色々経営についての話なども聞いている。

その上で、1人の会社“個人経営”をやっていくことを考えた場合、給料の3倍稼がないといけないというのは嘘である。

 

自分の給料、事務所までの交通費、給料に対しての年金、賃貸料、光熱費、通信費、税理士代、その他経費、自分が引退する時を考えた退職金などなど、業種にもよるが身の丈にあった運営をすれば、給料の2倍程あれば賄えるものなのだ。

 

しかし、会社員として1人で仕事を回している場合、会社には自分の仕事をサポートする総務などの社員がいることを忘れてはならない。

ただ彼らは、スタッフ全員を見ているので、彼らの2倍の給料を全現場スタッフの数で割るのが適切だろう。そう考えても2倍チョイあれば問題ないはずである。

 

一方アシスタントなどがつく場合は、彼らの給料分も考えないといけない。その場合を考えると、3倍ないしは4倍稼がないと赤字社員になるという事である。

※1人で完結できる仕事にも関わらず、アシスタントを会社側からあてがわれた場合、アシスタント分の給料は経営側が負うべきである。そこでの経験から、いずれ会社の売上をあげる要因になりえるからである。

 

なので、社内でホボ1人で仕事を受注し完結できるのであれば、3倍稼がなくても、経営者としての損失もない。

“上納金”というメリットはなくても、会社としての実績ができ、それをキッカケに経営者を含め、別の人間が仕事を取ることも出来るようになるからだ。

 

ちなみに3倍以上稼いだらどうなるか?その差分は当然、他のスタッフの穴埋めなどにいく。

その上で利益が出た場合は、投資や福利厚生か、税金対策という名目で、会社名義の経営者の自家用車や贅沢品などに充てられる事も事実としてある。

 

と、つらつら書いたが、
会社員である限り全ての売上の責任があるのは経営者。そもそも、社員が全てゼロから仕事を作って給料の2倍以上稼いでいくのもナンセンスだと思っている。

何故なら経営者が作った仕事やツテ、つながりから新しい仕事を作って発展させていくのが、会社員としての本来の形。“担当者”という形である。

 

特に小さい会社になればなるほど、社員の売上を作るキッカケ全てを経営者が負うべきもののはずだ。何故なら売上メリットが全て経営者個人に行くからである。

それが出来る会社が会社として発展し、最終的には経営者の売上負担や経営リスクも緩和されるものだと思っている。

 

小さい会社でゼロベースから売上の責任を社員に負わせ、更にリストラして行く経営は不健全と言わざるをえない。“個人経営”の根本的な概念、身の丈にあった経営でないからである。

 

と、更に正論をつらつら書いたが、正論が通らないのも世の常である。

 

何れにせよ私自身は“個人会社経営”の概念のもと、日々の仕事に取り組んでいきたいものである。もし何かあっても、子供達にちゃんとご飯を食べさせて、しっかりとした教育を受けさせて行くために。

「見守る」という言葉の残酷さ

「見守る」という言葉を、普段の日常生活や仕事、ニュースなどで頻繁に見かける。

 

例えば「早稲田実業の清宮くんが、どう成長するか見守って行きたい」などという言葉である。

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そんな些細な「見守る」というという言葉について、私はよく考える。

 

「見守る」という言葉を人に使う時、基本的には「自分より弱者」に使う場合が多い。例えば、我々が自分たちの子供に対して使う時だ。

 

自分の子供に対して見守るという言葉を使う場合、「見る」という言葉よりは勿論のこと「守る」という言葉が強くなる。

 

子供をじっくり注視しながら、間違った方向に行きそうであればそれを正し、良き方向に成長させようと導こうとするものだ。

身内にこの言葉を使う時には、守るための行動も伴うものなのである。

 

一方、身内でない他者に対して使う場合、「守る」という言葉が極めて希薄になり「見る」という言葉が強くなる。

 

他者から「見守る」という言葉を聞いた時、一聴すると暖かく優しい言葉に聞こえるかもしれない。

 

しかし、「弱者である他人」が間違った方向に行きそうな場合、関心があっても「正そう」「助けよう」「成長させよう」という具体的な行動が伴わないという、言葉に秘められた残酷さを感じるのだ。

 

テレビなどのニュースメディアが、「見守る」という優しそうな言葉の裏で、いかに多くの人たちをネタとして見殺しにしてきたことか。それがある意味象徴しているだろう。

 

正しい方向への具体的な行動をせず、自分にとって都合が良ければ関わろうとし、都合が悪ければ悪ければ「見捨てる」に簡単に変化する。

 

「見守る」という言葉は実は簡単には使えないはずではないだろうか?何故なら、それなりの負担と責任を負うものだと思うからだ。

 

だから私は簡単には「見守る」という言葉を使わない。

 

ちなみに、このような考えに至ったのは何故かというと、昔テレビの仕事をしていた時、ご都合主義の残酷な上の人達に接することも多かったからである。

 

もっとも、今まで積み上げてきたものが多ければ多いほど、それを守るために簡単に負担やリスクは負えないというのも分かるのであるが。

 

少なくても「優しそうな残酷な男」でいるより、「冷たそうだけど実は優しい男」でありたいと思っている。なかなか理解されづらいのではあるのだが。。

母が亡くなって15年がたつ

母が亡くなって今日で15年が経つ。

毎年、この日は欠かさず墓参りをしている。今年も妻と子供たちを連れてやって来た。

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私がお盆に必ず休みをとり、実家に帰る理由はここにある。

孫たちに囲まれ、母もきっと笑顔で迎えてくれているだろう。

ガン見

私には目を見開く癖がある。いわゆるガン見癖だ。

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ただでさえ目がデカイ方なのに、目を大きく見開く表情は、ギョロッとしていて自分で鏡を見てもちょっと怖い。。恐らくであるが、この癖がついたのは大学時代だ。

 

音楽が好きだった私は、学生時代、厚木のジャズバーでアルバイトをしていた。夜8時から朝の4時までの夜型のアルバイトである。

 

その時のバーの社員で杉山さんという方がいた。イケメンで口も上手く、いつもゲラゲラ笑っているとても面白く尊敬できる人だった。

 

もちろん、女性客からの人気は抜群で、色んな武勇伝があった。(その内容はここには書けないが。)

杉山さんがいたおかげで、私のバイト生活はとても楽しいものになった。遊んだという意味ではなく、シンプルにゲラゲラ笑う楽しい時間が多かった。

 

そしてその杉山さんが、人の話をジックリ聞く時、「ん?」という形でよく目を見開く人だったのである。

 

人というのは面白いもので、青信号に変わる前に、前の人が横断歩道を渡ると、自分も釣られて一歩踏み出すように、行動がつられるものだ。

 

杉山さんが目を見開く度に、私も同じように目を見開いていたことはよく覚えている。

 

しかしそれが、私を悩ます癖になるとは思ってもみなかった。。

 

大学を卒業して広告業界で働きはじめてからはじめて指摘されて、ガン見癖が出来上がってしまうことに気づいたのだ。。

 

勿論、どんな時にガン見しているか、自分には自覚がない。これがまた厄介なのである。

 

特にこの夏という季節だ。

 

夏は街に行き交う女性の中で、魅力溢れる胸を堂々とアピールしている服を着ている人も多くいる。

 

目線がそれにつられることは男性だから当然あるのだが、私はそんな時はあえて目をそらし、目を細くするようにしているのだ。

 

しかし、それもまた怪しい負のスパイラルになっているような気もしてならないのだが。。

 

もし、変な所で私がガン見していたら随時ご指摘頂きたい。この癖を直すために。