週刊ミネ

広告業界の片隅で働く映像・Webプロデューサー/ディレクターのブログ。

色眼鏡で見るな(自分も含む)

眼つながりで、今度は考え方の面で“色眼鏡”について書いて見たい。

 

今まで色んな会社、そして色んな人と仕事をしてきて思っていることがある。それは、色眼鏡をかけている人が非常に多いということである。

 

例えば、以下のような色眼鏡だ。

・デジタルをやっていたから映像は…
・映像の人はデジタルに関しては…
・誰々が〇〇と言ってたから…
・テレビ業界と広告業界は違う…
・WEB映像やっててもCMは…
などである。

 

しかし、もちろん色眼鏡でものを見ない人もいる。私がAOIに所属していた時の、直接の上長であるプロデューサーだった瀬戸さんがそういう方だった。

瀬戸さんはとにかく業界の垣根関係なく、新しい才能を発掘することにも長けていたと思う。

 

実際、地方の印刷業者で働いていた無名のデザイナーを東京に呼び寄せ、auLISMOのフラッシュサイトに抜擢して成功させている。

そしてそのサイトは、まだ私がテレビ業界にいた頃、YAHOOバナーをクリックして知ったのだが、「このアニメーションスゲー。一体誰が作ったのか!」と思ったものである。

この時はもちろん、後の上長になるプロデューサーが出がけているとは知る由もなかった。

※そのデザイナーはスペースシャワーTVのイベント、SWEET LOVE SHOWERのキービジュアルも後に手がけている。

 

そして、瀬戸さんはテレビ業界でディレクターをやっていた私にも映像のディレクションの仕事を任せてくれた。

お金の勉強もしたいと思い、プロデュース部に入ったため、当時の私は演出部でなく、制作部のPMだったにもかかわらずである。

勿論、テレビ番組時代のディレクター作品を見せたり、頼まれたガリガリ君のメイキング映像の編集を瀬戸さんが思っていた以上のものに仕上げたから、広告系の映像でもいけると任せてくれたのであろう。

 

瀬戸さんのような「本質を見る眼」は、経験や色んなものを見てきたからこそ培えるものである。勿論、それだけでは得られないセンスも大切だ。

 

しかし、広告業界に入って最初に私にディレクターを任せてくれた瀬戸さんは、その作品の納品が終わった後、バイクによる事故で亡くなってしまった。。

私が担当していた案件とは違う作品での、ポスプロでの作業の後の事故だった。

瀬戸さんの席は私の隣だった。横の席にいたはずの上長であり恩人が突然いなくなってしまった喪失感は言葉で言いあらわせるようなものではない。

 

それから、色んな人と仕事をしてきているが、瀬戸さんほど“垣根”を超えて抜擢する人に、未だ出会っていないと思う。

※その業界の生え抜きの新人を抜擢する話はよくある話なので、ここでは除外する。

 

仕事、作品作りにおいて、専門性が大事であると言うことは勿論重々承知している。

しかし、その専門性を重んじるあまり、様々な可能性を潰していることが、非常に多いと言う事実もあると思う。

 

瀬戸さんが亡くなって10年という歳月が経ち、私は今広告業界でディレクターとして仕事をすることもあれば、プロデューサーとして仕事をすることもある。

 

ディレクターとして仕事をする際は自分らしさを出しながら作るしかないのだが、プロデューサーとして仕事をする時は、色眼鏡を外し新しい化学反応を創り出すことも心がけたいと思っている。

 

夜中に文章書くのが疲れてきたため、尻切れとんぼ的な形になってしまったが。。